東京地方裁判所 昭和48年(行ウ)109号 判決 1977年12月27日
原告 小島三郎
被告 向島税務署長 ほか一名
訴訟代理人 金澤正公 高梨鉄男 ほか四名
主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事 実 <省略>
理由
第一原告の被告税務署長(以下この第一の二及び三において「被告」という。)に対する請求について
一 請求原因1の事実は当事者間に争いがない。
二 そこで、まず本件更正等に請求原因2の(一)の違法があるか否かについて判断する。
1 原告は、本件更正等は原告が訴外クレールの所得の調査に協力しなかつたことに対する報復としてされたものであるから違法である旨主張する。
日本橋税務署の浅井係官が昭和四五年一〇月初旬ごろ原告方を訪問し、クレールの所得調査に必要であるとして原告に対し帳簿の提示を求め、原告がこれを拒否したこと、浅井係官は右の帰途、向島税務署に立ち寄つたことは当事者間に争いがない。証人大束清一及び原告本人は、被告所部の谷口係官は原告方に臨店した際、突然なんらの根拠を示すことなく原告に対し修正申告をすることを要求した旨供述するが、右各供述は、証人谷口[王景]の証言によつて認められる谷口係官は原告方に臨店した際、原告に対し申告が間違つていたら修正申告をするようにと話した事実と対比してたやすく信用できない。
原告は、本件更正等は、原告が浅井係官に対し帳簿を提示することを拒否したため、その報復としてなされたものである旨主張するが、前記争いのない事実をもつて、原告主張の右事実を推認することは到底できないし、他にこれを認めるに足る証拠は何もない。
したがつて、原告の前記主張は失当である。
2 原告は、本件更正等は被告が原告の所得について全く調査を行なわないでしたものであるから違法である旨主張する。
被告の所部係官谷口[王景]が昭和四五年一〇月二〇日原告方に臨店し、次いで、被告所部の長田及び佐藤両係官が翌四六年一月二一日原告方に臨店しいずれも原告の所得を調査するため帳簿書類の提示を求めるなど調査について協力を要請したが、結局原告は帳簿の提示等をしなかつたことは後記三の2(一)において認定のとおりである。
そうして、証人長田務の証言によれば、右長田及び佐藤両係官は、昭和四六年一月原告の所得の調査に当たつたが、原告の協力が得られなかつたので、原告の製品の納入先であるクレールや取引銀行である第一銀行押上支店などに赴いていわゆる反面調査を行ない、その結果原告の収入金額については把握できたが、売上原価や一般経費については十分な把握ができなかつたので、同業者の所得率を調べ、原告の所得金額の推計を行なつたうえ、本件更正等をしたことが認められ、右認定に反する証拠はない。
したがつて、被告は原告の所得について調査を行なつたというべきである。
この点に関し、原告は、昭和四五年一〇月末ごろ被告の所部係官に対して臨店を求めたところ同係官がこれを断わつたものである旨主張し、右事実は当事者間に争いがない。しかし、証人谷口[王景]の証言によると、谷口係官が同月二〇日原告方に臨店した際は全く協力が得られなかつたこと、その後谷口係官は原告から電話で二回にわたり右のように臨店を求められたことがあつたが、その際同係官の帳簿に関する質問に原告は全く答えず、調査には協力してもらえないと判断されたこと及び当時他の調査で多忙であつたことから、原告に対し帳簿を持参して税務署に出頭されたい旨を告げ臨店しなかつたことが認められるから、右争いのない事実によつて、被告の前記調査が行なわれなかつたものとすることはできない。
してみると、被告が原告の所得について調査を行なわないで本件更正等をしたとの原告の前記主張は失当である。
3 原告は、本件更正等は、被告が民商破壊のみを目的として原告に無断で反面調査を行ない、これに基づくものであるから違法である旨主張する。
(一) 原告が昭和四五年当時墨田民主商工会の会員であつたこと、被告の所部係官が原告の承諾を得ないで、いわゆる反面調査を行なつたことは当事者間に争いがない。そうして、証人大束清一の証言及び原告本人尋問の結果によると、原告が昭和四五年当時墨田民主商工会寺島支部東向島二丁目班長として活動していたこと及び被告は昭和四五年当時右寺島支部の会員八〇名中、五名についていわゆる事後調査を行なつたことを認めることができる。
(二) しかしながら<証拠省略>によれば、被告の所部係官は原告の提出した確定申告書記載の収入金額が他から入手の資料に基づく金額に比し著しく低額と認められたので、原告の所得について調査のため原告方へ臨店したが、後記三の2(一)のとおり原告の協力が得られなかつたため、原告の製品の納入先や取引銀行に赴いていわゆる右反面調査を行なつたものであることが認められる。そうして、いわゆる反面調査は、納税義務者の承諾を得なければ行なうことが許されないものではないから、右(一)の事実をもつて、被告が墨田民主商工会の破壊のみを目的として反面調査を行なつたと推認することは到底できない。
したがつて、右調査が違法であるから本件更正等も違法であるとの原告の主張は理由がない。
三 次に、本件更正が原告の所得金額を過大に認定した違法があるか否かについて判断する。
1 原告の本件年分の不動産所得の金額が一二万円及び給与所得の金額が二四万円であることは当事者間に争いがない。
2 事業所得について
(一) 被告の主張に係る原告の本件年分の事業所得の金額は推計によつて算定したものであるから、右推計の必要性について検討する。<証拠省略>によれば、次の事実を認めることができる。
被告所部の係官谷口[王景]は、昭和四五年一〇月二〇日原告の所得税に関する調査のため原告方に臨店し、原告に対し帳簿書類の有無等について質問したところ、原告は帳簿や伝票はない旨を申し立てた。またその際、谷口係官は、原告から調査理由の開示を求められたので、申告に係る収入金額が取引先であるクレールから得た資料によるものと違つている旨を告げたが、その場に居合わせた三、四名の者は「どこがどう違つているんだ。」「何の根拠があつて調査したんだ。」などと発言して詰問し、また原告も谷口係官からこれを制止し、調査に協力するよう求められながらこれに応じようとしなかつたため、谷口係官は調査を続けることができなかつた。次いで、被告所部の長田、佐藤の両係官は翌四六年一月二一日原告方に臨店したところ、原告は帳簿は税理士のところにあるので、税理士に持参させて税務署へ行くように連絡する旨申し出た。ところが、原告は同月下旬に至り、税理士はいないので原告自身が帳簿を持つて税務署へ出頭する旨を申し立てたが、結局税務署へ出頭せず、帳簿の提示もしなかつた。また、右長田係官らは、その後第一銀行押上支店に赴き、原告と同支店との取引状況等を調査していたところ、原告は、五、六名の者と共に同係官らを取り囲み「無断で銀行調査をすることは何事だ。」「財産権の侵害だ。」などと大声で詰問したため、同係官は右銀行における調査を中途で打ち切らざるを得なかつた。
以上の事実を認めることができ、原告本人尋問の結果中右認定に反する部分は、前記各証言と対比して信用しない。
右事実によれば、本件更正当時、原告は本件年分の帳簿書類を提示せず、被告の反面調査を妨げ、かつ、被告の所部係官の質問に応じないなどして調査に協力しなかつたものであるから、被告は本件年分の所得金額を実額により把握するに由なく、これを推計により認定する必要性が存したことは明らかである。また本訴においても、原告は売上原価について実額を主張するが、実額によりその金額を確定できないことは後記(二)の(2)において説示のとおりであり、他に売上原価を実額により算定するに足る資料の存在をうかがうべき証拠はないから、本訴においても、売上原価を推計によつて算定するほかはない。
(二) そこで事業所得金額の算出について検討する。
(1) 原告の本件年分の売上(収入)金額が七四一万三三一六円であることは当事者間に争いがない。
(2) 売上原価について(被告の主張2の(三))
<証拠省略>によれば、東京国税局長は向島税務署長及び本所税務署長に対し、その管内に事業所を有するメリヤス製造業を営む個人の青色申告者で、売上(収入)金額が七〇〇万円以上二八〇〇万円未満であり、給料賃金の支払いがあり、かつ横編機を使用している者(ただし、全自動式横編機を使用している者を除く。)全員の売上金額、売上原価及び売上原価率について報告するように通達したこと、向島及び本所各税務署長が右通達により調査した結果、右抽出基準に該当した同業者はそれぞれ別表三の記号AないしGに掲げる七名及びHないしMに掲げる六名であり、青色申告決算書記載の売上金額等により個人事業経営者の「課税事績報告書」(乙第一七号証及び第一九号証)を作成して報告したこと、右各調査表記載の売上金額、売上原価及び売上原価率は右別表の該当欄記載のとおりであることが認められ、その平均売上原価率が三九・四七パーセントであることは計数上明らかである。
右認定の事実によると、右平均売上原価率の算出の基礎となつた者は原告と同じく東京都墨田区内において事業所を有するメリヤス製造業を営む個人事業者で、かつ、売上金額が原告のそれとほぼ類似するものであるから、同業者の抽出基準に合理性があり、その抽出には恣意の介在する余地がなく、前記別表記載の金額は同業者の各青色申告決算書の記載によつたものであり、その抽出数は同業者の個別性を平均化するに足るものといえ、また同業者の売上原価率については、極端に低率又は高率を示す同業者は選出されていないから、このようにして算出された平均売上原価率については一応の正確性と普遍性とが担保されているということができる。
そうすると、原告の本件年分の売上原価は前記売上金額七四一万三三一六円に右平均売上原価率を乗じた金額二九二万〇三五円となることが計数上明かである。
ところで、原告は、本件年分の売上原価について被告主張の推計による右金額を争い、売上原価は仕入金額から期末たな卸金額を控除した四三二万七二七六円であると主張する。
<証拠省略>によれば、原告は昭和四二年七月、島内清ら三名の合計四名で有限会社タマコシニツトを組織し、その代表取締役となり、同会社は、右四名及びその家族が主となつてメリヤス製造を業としていたが、同四四年三月ごろ事実上倒産し、同年五月に解散し、原告は、同年六月から個人でメリヤス製造を営むようになつた、以上の事実を認めることができる(原告が、右六月からメリヤス製造業を営む者であることは当事者間に争いがない。)。
そうして、まず仕入金額については、<証拠省略>によれば、原告は、本件年中にその主張の仕入先から原材料等をその主張の金額で仕入れた事実が認められ、この認定に反する証拠はない。したがつて、仕入金額は計数上四六二万七二七六円となる。
次に、原告は期首におけるたな卸金額が零、期末におけるたな卸金額が三〇万円である旨主張し、原告本人は右主張に沿う供述をする。
しかしながら、仮に原告の期首及び期末におけるたな卸金額が原告本人の供述どおりであるとすれば、売上原価(「期首たな卸金額」+「仕入金額」-「期末たな卸金額」)は計数上四三二万七二七六円となり、他方売上金額が七四一万三三一六円であることは前認定のとおりであるから、その売上原価率は五八・三七パーセントとなることが計数上明らかである。そうすると、前認定のように、原告の同業者一三名の売上原価率は二五・一〇パーセントから五〇・五九パーセントまでであり、その平均率が三九・四七パーセントであるから、原告の売上原価率はこれと対比して著しく高率であるといわなければならず、本件においてはこのような高率となるべき特段の事情を認めるに足りる証拠がないこと及び期末におけるたな卸金額に関する原告本人の供述があいまいで具体性を欠いていることなどを合わせ考えると、原告本人の前記たな卸金額についての供述部分は信用できないものといわざるを得ない。
したがつて、原告主張の実額計算による売上原価の金額については期首及び期未における原材料、仕掛品及び製品のたな卸金額を確定することができない以上、期中の仕入金額を確定し得ても、売上原価の金額を確定できないというほかはない。
結局、売上原価については、被告主張の前記推計が合理性を有しないとすることは到底できないというべきである。
(3) 特別経費について
本件年分の特別経費が三万一一二九円であることは当事者間に争いがない。
(4) 事業所得金額の認定
被告は本件年分の一般経費は「被告の主張」2の(三)(3)のとおり合計二六四万七九三九円であると主張するのに対し、原告は「原告の反対主張」3のとおり合計三〇六万四〇六九円を主張する。しかしながら、仮に一般経費として原告主張の金額が認められたとしても、原告の事業所得金額は前記売上金額七四一万三三一六円から前記売上原価二九二万六〇三五円と前記特別経費三万一一二九円と右三〇六万四〇六九円との合計額(六〇二万一二三三円)を控除した一三九万二〇八三円となり、これを下回ることはない。
3 総所得金額について
以上の認定によれば、原告の本件年分の総所得金額は不動産所得の金額が一二万円、給与所得の金額が二四万円及び事業所得の金額が少なくとも一三九万二〇八三円となり、その合計額は本件更正に係る総所得金額一三一万六〇七一円を上回ることが明らかであるから、所得金額の認定について違法はなく、本件更正は適法であり、本件賦課決定にも右違法を前提とする違法はないものというべきである。
四 よつて、原告の被告税務署長に対する本訴請求は理由がないから棄却すべきものである。
第二原告の被告裁判所長に対す請求について
一 請求原因一の事実は当事者間に争いがない。
二 原告は、まず被告審判所長は本件審査請求における審理において、本件更正において用いられた差益率の合理性及び仕入金額の実額について実質的な審理をしないで本件裁決をした違法がある旨主張する。
1 東京国税不服審判所鎗田国税審判官が昭和四七年七月六日本件更正で用いられた差益率について原告から意見を聴取したことは当事者間に争いがない。証人君塚武郎の証言によれば、原告は本件審査請求の審理において右差益率が高すぎる旨を主張したので、同審判所君塚国税審査官は原告と同規模の同業者を選び出し、その所得率を調査し、国税審判官は国税審査官の調査資料に基づき合議を行ない、本件裁決となつた。以上の事実を認めることができ、この認定に反する証拠はない。
右事実によれば、被告審判所長は右差益率につき実質的審理を行なつたことが明らかであるから、本件裁決には審理を尽さなかつた違法がないものというべきである。
2 森国税審判官が、昭和四七年九月二二日付、一〇月三〇日付及び一二月一一日付各文書をもつて原告に対し、帳簿書類の提示を求めたこと、原告が同年一一月二一日に仕入に関する領収書六枚を提示したことは当事者間に争いがない。証人君塚武郎の証言によれば、森国税審判官が原告に対し右帳簿書類の提示を求めたのは、原告の本件年分の事業所得金額を実額で算出しようとしたためであつたが、原告は右の求めに対し前記領収書六枚を除いては、帳簿書類をついに提示しなかつた。このため、同国税審判官は仕入金額の実額について審理をすることができなかつたので、原告の事業所得金額を推計により算出した、以上の事実を認めることができ、この認定に反する証拠はない。
右認定の事実によれば、仕入金額の実額について審理を行なうことができなかつたのは、帳簿書類がないため審理することができなかつたためであるから、これをもつて仕入金額の実額について審理をしなかつた違法があるものとすることはできない。
したがつて、原告の前記仕入金額の審理についての主張は失当である。
三 原告は、次に東京国税不服審判所国税審判官は原告に対し同業者三名の売上及び仕入金額を開示することを約束しながら、これを履行しなかつた違法がある旨主張する。
原告本人尋問の結果のうちには、右審判所鎗田国税審判官は原告の求めに応じ、原告の同業者三名が提出した確定申告書を氏名及び住所欄は伏せることにして見せる旨を約したが、その後その売上金額及び仕入金額を原告に告げただけで申告書そのものを見せなかつた旨の供述がある。
しかしながら、本件審査請求における審理において右のようなことがあつたとしても、右審理が違法ということはできないから、これにより本件裁決が違法であるとする原告の右主張は失当である。
四 よつて、原告の被告審判所長に対する本訴請求は理由がないからこれを棄却すべきものである。
第三以上の次第であるから、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 三好達 菅原晴郎 成瀬正巳)
別表一、二、及び三<省略>